2009年6月14日日曜日

高島俊男著「漢字と日本人」を読みました=日本人は漢字の輸入により精神的発達をとめられた=

 興味深い内容のある本でした。いくつかの高島さんの主張のポイントをご紹介しましょう。

1 民族の発展段階があり、「先に開けた」からといって「優れている」わけでない。
⇒中国は文明が先に開けたからといって、日本は後からだといって民族としての優劣は「早い」「遅い」にない。

2 日本に「孝」とか「信」とか「仁」とかの思想が人々によって作られていない時期に紀元後500年ころ漢字として入ってきた。
⇒そのため、「孝」とか「信」とか「仁」という概念がつくりこまれなく、借り物の概念としてはいり、人々の間で熟成されることがとまってしまった。

3 江戸時代に考えられた熟語は音と漢字がリンク。聞いてそのままわかる言葉が多く、中国人には意味がわからない。
⇒野暮、世話、心中、無茶、家老、家来、勘当、所帯。立腹、粗末・・・
(江戸時代につくった熟語は漢字が意味を表さない。心中とは心の中ではないし、野暮とは野が暮れるわけでもない。)

4 明治時代に英語を翻訳した熟語は、字義によっ漢字をつくった。そのため字義を瞬時に前後の脈絡から判断して漢字を思い浮かべてしゃべっている。中国がその多くを輸入することとなった。
⇒政治、法律、裁判、産業、建築、交通、機関、通信、金融、輸送、陸上、審判・・・
“シンバン”と聞いて審判と解釈するか新盤と解釈するかは、前後の話による。野球のシンバンといえば“審判”と解釈し、レコードのシンバンといえば新盤と解釈する。“シンバン”という言葉からは2種の熟語からどの漢字の言葉かを判断して、話をしている。 

5 明治時代以降、西欧が優れ、東洋が劣るとして過去を払拭しょうとした一環で漢字を排する考え方があった。その流れで戦後、1850字の当用漢字を使い、いずれ かな またはローマ字に移行しょうとした。
⇒国語審議会は当初の思想を忘れてしまい、今では かな ローマ字に移行する考えはなくなっている。言語は民族の考え方がつまっていて、表記する かな も同様である。敗戦で過去を抹殺しょうとしたが、幸いそうはならなかった。

 どうやら日本人には、つらいことが起こった後、過去を簡単に捨てようとする傾向がある。明治維新で西洋に遅れを感じたとき、「脱亜入欧」アメリカに敗れた時、国粋主義から180度転換し「アメリカ崇拝」へ。
どうやら根本のこれだけは動かない、というものが民族発展段階で止まっている可能性がある。

 ともかくも、幾多の示唆に富んだ本です。(WELL BE)

 

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